霊(ひ)の国の古事記論45 「神武東征はなかった」10 2つの幻の「東征史観」「東征創作史観」
元々の大倭(だいい)の支配者・大物主を祀る大神(おおみわ)神社これまで、9回に分けて「神武東征はなかった」が「山人(やまと)族の傭兵隊の大和への進出はあった」のことを明らかにしてきた。
記紀の記載を軍事行動として分析すると、その内容は、薩摩半島南端の笠沙の「毛のあら物、毛の柔物」を取っていた山幸彦=山人(ヤマト)族の傭兵部隊が各地を点々として大和に入り、宇陀王や磯城王の兄弟争いに乗じ、テロによって王の私兵として勢力を拡大していった物語であるという結論にならざるをえない。日本書紀には古事記と較べて粉飾がみられるが、決して華々しい征服戦争の物語ではない。
これまで、「神武東征」については、これを天皇による武力建国の征服戦争としてみる皇国史観に対し、この「神武東征」を7・8世紀の創作とみる反皇国史観が対立していた。
私は、そのどちらもが、記紀の正確な分析に基づいていないと考える。
皇国史観の「神武東征論=征服戦争史観」の危うさ
皇国史観は、始祖神・アマテラスの「この葦原中国は、我が御子の知らす国」という命を受けて、孫のニニギが天降り、その4代目の若御毛沼(ワカミケヌ)が大和盆地に侵入し、宇陀王、磯城王、登美王と戦い、支配下に入れて即位した、というものである。
このような武力征服の歴史観は、邪馬台国九州説の古田武彦氏や安本美典氏などの著述においても顕著である(念のために述べておくと、私は両氏の著作から多くを教えられており、高く評価しているのであるが、この古くさい軍事万能主義思想には同調できない)。
しかしながら、記紀を注意深く読めば誰でも納得していただけると思うが、記紀はこれらの国を大規模な派遣軍による戦闘によって征服したとは一言も書いていない。宇陀王、磯城王の場合は兄弟王の争いでの兄王の暗殺、登美王の場合は娘婿・ニギハヤヒによる登美王・ナガスネ彦の暗殺であり、いずれも、正規戦による征服というにはほど遠いのである。これを、壬申の乱のいくつもの部隊による戦闘場面と較べてみていただきたい。指揮者の姿も見えなければ、英雄的な活動をした人物も登場しない。各部隊の規模や指揮官も描かれず、その進軍の様子や激烈な集団戦の場面も登場しないのである。
ここで見逃せないのは、このような謀略とテロによる小規模な軍事行動、宮廷内権力闘争の小戦闘を、「征服戦争による建国」と勘違いした歴史認識の危うさである。
大国主の国譲り神話と併せて、このような読み誤った建国物語が、天皇の神意を受けた神軍により容易に他国を占領し、支配できるという、敵を見くびる誤った認識をもたらしたことの影響は後々まで甚大である。
太平洋戦争においては、ABCD包囲網などと言い、これに後にはF(フランス)まで加え(なぜかR=ロシアだけは信用するのであるが)、アジア諸国や利権を持つ列強の全てを敵にまわし、安易な「軍事一撃主義」で中華民国を屈服させることができると錯覚し、それが破綻すると、何の戦略もなく、石油などの軍事物資を求めて南方へ進出し、アメリカへ先制攻撃を加えるなど、何の見通しもないやけっぱちの「軍事一撃主義」路線を突き進むのである。
誤った歴史観が、いかにその国の人民だけでなく、他国民にも多大な被害を及ぼしたか、この歴史的教訓を忘れてはならない。
しかし、それは過去の話ではない。今回の朝鮮人民共和国の延坪島(ヨンピョンド)への砲撃に対する政治家やマスコミの一部の発言などを見ていると、相変わらず勇ましい「軍事一撃主義」の先制攻撃論が見られる。決して前線で戦うことがない人たちが、後方でスピッツのように無責任に吠えているのである。神武東征論などに惑わされないしっかりとした歴史認識を持ち、このような妄言にうかうかと乗ってはならない。
分裂国家の運命を決めるのはその国の国民自身によるべきである、というのが原則である。イラク戦争やアフガン戦争を見れば明らかであるが、「軍事一撃主義」で容易に相手が屈し、勝利できるなどと考えるのは、懲りることのない皇国史観の思考方法である。
反皇国史観の「神武東征創作論」の危うさ
一方、皇国史観への痛烈な反省から生まれた反皇国史観は、「神武東征」を7・8世紀の大和朝廷による創作としてとらえた。軍国主義への反省から、天皇を神格化する「アマテラス神話」や、天皇家の支配や朝鮮植民地化を正統化する「大国主の国譲り神話」や「神武東征」「神功皇后の新羅征伐」などを全てまとめて後世の架空の物語としたのである。そして、邪馬台国畿内説に立ち、前方後円墳や三角縁神獣鏡などの考古学から古代史を科学的に再構築しようと試みた。
「アマテラス神話」や「大国主の国譲り神話」「神武東征」「神功皇后の新羅征伐」を後世の創作とする仮説を立てるのはいい。問題は、これらの仮説が検証できたかどうかである。もし検証できなければ、すぐに捨てる勇気が必要である。
「神武東征」について言えば、もし、天皇家が代々、大和の地の王であったのなら、その出身地を薩摩半島南端の笠沙とし、その出自を「毛のあら物、毛の柔物」を取っていた山幸彦(山人:やまと)にしなければならない合理的な理由が全くないことである。大和にいた邪馬台国の女王・卑弥呼の子孫の王達が、その歴史を編纂するときに、そのルーツを薩摩半島の猟師にしなければならない理由はない。
天皇家にとってこのような不利益な記載は、私は真実の可能性が高いと考えている。念のために述べておくと、邪馬台国九州説から邪馬台国東遷説をとる安本美典氏の説も同様である。もし、天皇家が筑紫を本拠地としていた卑弥呼の後裔なら、これまた、その祖先を「毛のあら物、毛の柔物」を取っていた猟師の山幸彦にしなければならない理由がない。卑弥呼の血筋を引く王族にすることに何ら支障もないのである。
「神武東征」物語を創作するなら、壬申の乱の戦闘を手本にすれば、正規戦での征服戦争物語を創作することは容易であったと考えられる。兄宇迦斯王の暗殺の成功に浮かれて、兵士達が「宇陀の高城に鴫(しぎ)の罠を張って待ったところ、鴫はかからずに、鯨がかかった・・・前妻には身のない部分を与えよう、後妻には身の多いところを与えよう・・・嘲笑うぞ」と踊り歌うような場面を創作するであろうか?
弟宇迦斯王の幸行(みゆき)に部下として同行し、忍坂の大室に土雲の八十建(ヤソタケル)を集め、饗宴の席で一斉に打ち殺し、「忍坂の大室屋に、人が多く来て居る・・・みつみつし 久米の子らが、太刀をもって、撃ちてし止まん・・・」と暗殺賛歌を歌うような部隊を創作するであろうか?
これを、柿本人麻呂が作った高市皇子の挽歌の一部と較べてみよう。
「(注:父の大海人皇子、後の天武天皇が)ちはやぶる 人を和せと
奉(まつ)ろはぬ 国を治めと 皇子(注:高市皇子)ながら 任したまへば
大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし
御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は
雷の 声と聞くまで 吹き響せる 小角の音も
敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに
ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば
野ごとに つきてある火の 風の共 靡くがごとく
取り持てる 弓弭(ゆはず)の騒き み雪降る 冬の林に
旋風(つむじ)かも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの恐く
引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ・・・」
引用が長くなったが、記紀の編集者達が、この柿本人麻呂の挽歌を知らないはずがないのである。そして、当時の知識人たるもの、このような歌を創作できないことはありえないのである。
「神武東征創作論」者の皆さんがどれだけの文才と創造力と合理的・科学的精神をお持ちなのか私は知らないが、徹底して古代の知識人を馬鹿にし、侮っているところにその特徴があるといったら言い過ぎであろうか。
「神武東征創作論」は、記紀の編集者達が、柿本人麻呂の挽歌のような戦闘場面を創作し、日本書紀の壬申の乱の記述のような戦記を創作するだけの能力がなかった、という前提に立たないかぎり成立しないのである。
このように古代人を徹底的に馬鹿にし、嘲笑いながらながら、歴史を語るという職業を選ばれている皆さんは果たして尊敬に値する人たちであろうか?
私は、古代の人々がその時代の制約条件の中で、現代人と同じような判断力と創造力、批判精神や合理的・科学的思考を持っていたと信じている。だからこそ、私たちは歴史から教訓をえ、未来に活かすことができるのである。
古事記の編集者は、天皇家の祖先を「毛のあら物、毛の柔物」を取っていた山幸彦(山人:やまと)と書き、それを元明天皇は認めている。ここには、真実を伝えようとする強い意志が見えないであろうか。
兵士達が「宇陀の高城に鴫(しぎ)の罠を張って待ったところ、鴫はかからずに、鯨がかかった・・・前妻には身のない部分を与えよう、後妻には身の多いところを与えよう・・・嘲笑うぞ」と歌う場面を伝えることは、果たして天皇家の祖先を賛美する創作であろうか?
「神武東征創作論」を始めとする「記紀神話創作論」は、この国の古代史を歪めることにおいて、皇国史観とどっちもどっち、という他ない。
私は、古事記・日本書紀は、風土記と万葉集と併せて、貴重な歴史遺産であると考えている。ここから、私は神話時代の建国史は解明できる、と考えている。
もし、あなたが、この国の歴史・文化を大事にしたいと考えておられるなら、「神武東征論」「神武東征創作論」の2つのフィクションから離れて、是非、記紀を読み直してみていただきたい。
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※ 資料
『スサノオ・大国主の日国 霊の国の古代史』(梓書院)
※ 参考ブログ
霊の国:スサノオ・大国主命の研究(http://blogs.yahoo.co.jp/hinafkinn/)
神話探偵団(http://blog.goo.ne.jp/konanhina)
邪馬台国探偵団(http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/)
帆人の古代史メモ(http://blog.livedoor.jp/hohito/
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